貸し切り温泉
部屋には貸し切りの内風呂と露天風呂がついていて、しかも天然温泉。
湯沢の「森のバス」はチョー快適。家族でのんびりするにはうってつけだ。
今日は運転手として参加。ただし往きだけの運転(
)。
やっと手に馴染んできたデジカメを壊してしまうというオマケ付き。掲載の写真はもしかしてこのカメラでの撮り納めか。
部屋には貸し切りの内風呂と露天風呂がついていて、しかも天然温泉。
湯沢の「森のバス」はチョー快適。家族でのんびりするにはうってつけだ。
今日は運転手として参加。ただし往きだけの運転(
)。
やっと手に馴染んできたデジカメを壊してしまうというオマケ付き。掲載の写真はもしかしてこのカメラでの撮り納めか。
須川高原に雪が降り、交通規制があるというニュースを聞きながらノリシロの調整。
我が家に代々伝わる焼き印も入れたが、上下かっちゃまにしたほうが良かったかも。
サイドは、前回「わかめ化」で苦戦した素性の良くない楓がまだあったので使ってしまうことにした。今回は水に浸けることはしないで、霧吹きで適度に水分を含ませながら整形した。結果はまあまあだが、やはり多少ゆがむ。
ネックの接合はいつものようにスペイン式で、ロマニリョスのようにクサビを入れる方法。ラコートタイプでは邪道かもしれないが、一番安心できる継ぎ方なのでいつもこうしている。
ロマニリョスついでだが、昨日お昼のNHKの番組で村治佳織が弾いたロマニリョスはトルボナス付きだった。
作業が一段落した頃に空が明るくなって青空が広がってきた。
柿がたくさんなっているので、柿もぎをすることにする。
お隣のY一さんがやってきて、もぎ方を伝授してくれた。山梨かどこかに視察に行ったときに覚えたのだそうだ。
そのあとK冶さんが軽トラでやって来て「今年の柿はちゃっこいな」と言う。
今はこのあたり、奥小安峡というらしい。
阿部旅館に行ってきた。
前々から気にはなっていたが入湯ははじめて。さすが「日本秘湯を守る会」の提灯を下げているだけのことはある。
入浴だけのお客さんは、玄関左脇をすすんで屋根のかかった下り坂の通路をとおる。黒塀で雰囲気のあるこの通路には、乾燥したトウモロコシが下がっている。
ケロリンの黄色い湯おけがある。誰もいないことをいいことに、たくさん写真を撮る。
の~んびり温泉につかっていると、とりとめもなくいろんなことを思い出す。
そうそう、2、3年前にはビジネス社会でこんな言葉が流行った。
「会社は株主のためにある」
そして今、株価は会社価値とは無縁の存在となった。そしてそんな社会とは無縁の存在になったオイラはこうしてのんびり温泉三昧。
貿易摩擦が心配されるような円高だが、「もしかして」と、ときどき利用しているStewMacをのぞいてみた。やはりちゃんとレートが反映されているではありませんか。取り引きはドル建てなので今がチャンス。
しばらくぶりに岩手の高い青空を眺めながらカーラジオを聞いていたら、「日経平均株価が一時7500円割り込むバブル後の最安値を更新した」というニュースが聞こえてきた。
投資家の方々は皆さん、「金融経済は『ネズミ講』だ」と分かっているからこそこんなことになる。
どこかで誰かが「ん?!」と二の足を踏んだところで簡単にそれはジ・エンド。そんなふうにかなりあっけない。チャラになった時に誰が大損するかは彼らの知ったことではないが、自分だけは逃れようとする。だから深みにはまる。
結局チャラにしてまた再開。多くの犠牲者が残される。
永遠に成長し続けるものなんてあるわけがない。
そんなおろかなことの繰り返しだ。
マスコミは「実体経済への影響を懸念」などと報道する。だとすれば金融経済はバーチャル経済なのだろうか。もしそうだとしたら、こんなふうにお金でスリルを体感したい人たちは、最初からオラがだ庶民とは関係ないところで(その世界の中だけで)思いっきり戦って欲しい。そう、通貨単位は、ドルでもユーロでもエンでもゲンでもなく、「ガバチョ」がいい。
システムはマイクロソフトあたりにやってもらうといい。
高校バスケ予選最終日の今日は、男女とも準決勝と決勝が行われた。おにぎりと爽健美茶持参で観戦。
女子は湯沢北が試合をリードし続けたが、第4クォーター残り5分あたりから勝ちを意識しすぎたのかボールが手につかなくなってきた。結局逆転されて敗れる。今年もまた明桜の優勝となった。
男子。
注目の由利工業は準決勝でも接戦の末勝って、決勝は順当に勝ち進んだ能代工業との対戦。
試合開始のジャンプで両校の選手がセンターに立ったら、能代工業の選手のゼッケンのあたりにちょうど由利工業の選手の顔がある。怪物軍団とチビッコ軍団の戦いになった。怪物相手にどれだけ戦えるかが注目されたが、第1クォーターでは一時リードする場面も。不思議なことだがリバウンドは由利工業のほうが多くとっているように見えた。スピードも勝っている。
能代工業はそれぞれの選手の能力が高いことはもちろん、選手層の厚さも充分だ。各クォーターごとに選手を全部入れ替えてもまだ余裕がありそう。初戦からほぼ同じメンバーで戦い続けた由利工業とは大違い。弱い方に味方する性格が今日も出てしまった。
試合結果は100点近い点差で能代工業が勝ったが、由利工業はホントによくやった。
(写真は由利工業高校の選手と優勝した能代工業高校佐藤信長監督)
高校バスケ、ウインターカップの県予選を見てきた。
最近は全国大会になると黒人の選手がいたりする。おもしろみに欠けるような気がするのは自分だけだろうか。秋田県大会も能代工業高校の独壇場に変わりはないことを今日あらためて確認した。まったく危なげない試合で明日の準決勝と決勝を迎える。おそらく優勝するだろう。
そんな中で久々に興奮する試合を見た。由利工業高校対秋田南高校の試合だ。
由利工業の選手はそれほど身長の高い選手はいない。むしろ「小さい」と言ったほうがあたっているかもしれない。一方秋田南の選手達は長身でカッコいい。センス抜群の4番の選手がチームを引っ張る。スタートゲームは秋田南が優勢で、このまま勝利に持ち込むだろうと思っていた。ところが、そう単純な展開にならなかった。
その面白さを書くことはとうてい不可能だが、もつれにもつれるシーソーゲームとなった。結果は、100-96で由利工業高校が勝った。
すばらしいスピードの試合展開でホントに手に汗にぎる試合だった。そしてとても爽やかな試合だった。
「新聞の果たす役割ってなんだろう」という新聞社のCMが時々ラジオで時々流れる。
正確な事実を伝えるという使命はもちろんだが、私の竹を割ったような頭で考えるに「しっかりとした判断力と意見を持ち伝えていく」ということではないだろうか。そうなると自然と取りあげるニュースのプライオリティーが決まってくるだろう。
昨夜のNHKニュースのトップは「あんパンをのどに詰まらせて児童が死亡した」というもの。亡くなった方には申し訳ないが、NKHはこのニュースで何かを言いたかったのだろうか。おそらく何も考えていない。
横道にそれるが、
ネットには膨大な情報が流れる。スピードを比べても新聞が太刀打ちできるものではない。そのことは確かにすごいことなのだが、逆に何が本当なのか何が正しいのか、その意味するところは何なのかということがわかりにくくなってしまった。感心して読んでいるネットコラムの筆者が、ジツは特定の政治団体のブレーンだったと知ってガッカリすることもある。
また奇異な話題をとりあげて閲覧数をかせぐだけのニュースサイトも数多くある。
しっかりした考えの上に成り立った新聞記事を読むとほっとする。
昨夜のNHKの全国放送で地域デパート閉店の話題が取りあげられていた。大曲を拠点とするJCもその中にあった。一週間前に開店した大型ショッピングセンターの影響がないとはいえない。市街地にありバス・電車の便もいい場所だったが、閉店をよぎなくされた。
時代は高齢化社会をむかえ歩いて買い物に行ける店が望まれていると思うが、状況は逆行している。
たまたま我が家に来た市の議員さんに「こんたに農地をどんどん減らしていいもんだべが」と聞いてみた。急にムッとした雰囲気が伝わってきて「オラエ(我が家)もリンゴの樹をみんな切った」と自分のことを言い出したのには驚いた。
また、議会で建築の可否の議論をしているときに、責任ある立場の人が「もう、地権者とイオンの間で決まってしまったことだから」という答弁をしたのにもあきれた記憶がある。農業振興地域である当地に建築を許可した当人であるにもかかわらず。
それはともかく「まちづくり3法」施行ぎりぎりに滑り込んで開店したイオン。皮肉にも今月全国の店舗閉店数を発表した。従来の計画より5割増しの60店規模を閉店するとのことだ。そして昨日、秋田市御所野のショッピングセンターイオンモール秋田内の「中三秋田店」が閉店した。地域経済の低迷や消費の減速で業績が悪化したという。このようにイオン本体だけではなく核テナントも撤退する例が増えてきそうな気がする。
いくら大きな店ができても、地域経済がしっかりしていないと店そのものが成り立たない。
彼らが地域経済に対する影響力、もっというなら責任を考えているかどうかだ。おそらく考えていない。ウォルマートのように品性まで下げてしまわなければいいが。
徳川家康の側近だった本多正純は、家康が亡くなった後も幕府内で大きな影響力を持ち続け、次の二代将軍の徳川秀忠に仕えた。ところが思わぬ理由で失脚することになった。
その理由とは「二代目将軍 徳川秀忠 暗殺計画」だった。
『自分の城の一室に釣天井を造り、立ち寄った秀忠を圧死させようとした』。
この計画は失敗に終わった。そして本多正純は子供とともに流罪となる。釣天井を作った大工から情報が漏れたのだった。
……と、一般的にはこのように伝えられてきたが、ジツは「本多正純は陰謀にかかった」というのが今のところの定説だ。釣天井などは存在しなかったらしい。
本多正純の宇都宮城は、もともと奥平忠昌という人の城だった。それを「家康の遺言だ」という名目で奥平忠昌を追い出した。そして自分が城主となった。推測するにこれが陰謀の原因だ。首謀者が奥平忠昌の祖母だという有力な説もある。
今、本多正純を擁護する気運が高いことは当然のこととしながらも、私には「人間、地位の高いときに好き勝手放題をすると、やはりツケは回ってくるな」という教訓にも思える。
冤罪によって本多正純は息子の正勝とともに流罪となる。場所は秋田県横手市。佐竹義宣(現在の秋田市長の先祖)が処遇を預けられたのだった。
墓碑が城南町に残っている。地域の人の気持ちが伝わってくるようにきれいに掃除が行き届いている墓だった。
古い建物に興味があるので、ぽかぽか陽気に誘われ横手城南町の「旧日新館」を見てきた。
前に何度も見ているのに、また見たくなってくる不思議な建物だ。
1902年に建築されたこの建物は、旧制横手中学校(現横手高校)の嘱託英語教師の宿舎として造られたもの。100年以上経過した現在も住居として使われている。
英語教師6代目のスマイザー(Martin.M.Smyser)が居住していたときの日記が印象的なので抜粋して載せておく。
午後、私がいちょうの木の下でじゃがいもを掘り、カゴー杯に詰めていると警察の藤原さんがやって来た。「アメリカ・ソビエトイギリス、そして中国と講和条約を結んだので、もうアメリカが日本を爆撃することは無いだろう」と彼は言った。彼はまた、「いましばらくのあいだは、身の回りに注意し、人混みのなかは歩かないほうがよいでしょう」と言った。そして、「アメリカと日本は仲良くなっていくだろう」とも。私は、彼が言っている意味がよく判らなかった。
他の人からも、天皇が、今日の正午に国民に向けてラジオ放送をしたことを開いた。
午後7:15、夕刊が届いた。国民を戦禍から守るため、詔勅を発表したと載っていた。私は、藤原さんが言った意味がやっと判った。
もうアメリカの爆撃機が日本に飛んで来ることはない。
『スマイザー師 1945.8.15(太平洋戦争終結の日)の日記』より
ちなみにスマイザーは故国に帰ることなくこの日新館で80歳の生涯を終えた。
本調子ではなかったが、連日介護施設で働くカミサンも疲れているだろうと思い温泉へ出かけた。
あのシュークリーム事件の後、バナナボートも食べられてしまうという事件が発生したが、もちろん心の広~い私のこと、分け隔てなくお嫁さんも誘った。行き先は羽後町の「としとらんど」。入浴前に体重を量ったら3日で3キロ近く減っていたがそれほど体調は悪くない。
快適お風呂の後、レストランでお昼のメニューを見たら、「羽後牛のにぎりセット」というのがあった。気になってしかたがない。
で、食べた。
もちろん3人のうち一人だけのオーダー(高いので)。私はラーメン、お嫁さんはカルボナーラ・ソフト付、そしてもう一人が羽後牛のにぎりセット。チカラ関係が明快なオーダーだ。
でも仲良く分け合って食べた。だからなおさらなのか、かなりおいしかった。
☆
「としとらんど」にはコテージも併設されている。
利用している埼玉から来たという方とお話をした。5人で2泊だという。「またこれから焼酎を飲むんです」と風呂上がりで上機嫌。ニコッと笑った顔に秋の日がまぶしい。
バッチャン御用達の蜂蜜がなくなったので買いに出かけた。
太田町の「天然園」というところで出している蜂蜜がとてもおいしくて品質にも信頼が置けるので、少し遠いけれども直接買いに行っている。この養蜂園は、蜂をつれて各地を回っているわけではなく、この土地に居着いて蜂蜜を採っている。「環境に恵まれているので」と愛想のいい園の好青年。
ここは奥羽山荘が近い。寄らないで帰れる自分ではない。近道を探して走ったらどこで間違ったのか大台スキー場に行ってしまった。引き返そうかと思ったが、頂上に向かって伸びている道路が舗装されているではないか。迷わず登坂。
結局一番上のリフト降り場のすぐ近くまで完全舗装されていた。駐車スペースもかなり大きくとってある。オリエンテーリングもできるように整備されている。そういえばここはハングライダーやパラグライダーのメッカでもあった。
ここから雨の仙北平野を見下ろした写真を1枚。
その後奥羽山荘で入湯。ここで油断をして風邪をひいてしまった。
そして今日。昨夜からのどが痛くて微熱もある。風邪はひきはじめが肝心だというので医者に行くことにした。
肺がん手術のときに診てもらった内科の先生が、そのときの総合病院を辞めて私の近くに開業している。一度だけの診察だったにもかかわらず、私のことを詳しく覚えていてくれて驚いた。今回はのどの炎症だけということで、数種類のクスリをもらって帰ってきた。
ロキソニンをのんだら楽になったのでこうしてパソコン。
栗駒山麓にたまげだオヤジだちエンターテイメント性に溢れたアーティスト集団がいるというウワサは聞いていたが、まさかこれほどまでとは……。
蔵の日に見た「歩空の教訓」を埋もれさせてしまうにはあまりにも惜しい。
・秋田は秋田の風が吹く
・あした転勤にな~れ
・ワンパクでもいい、でもホントは2泊3日がいい
・寝る子は粗雑
・エルサイズのハラ
・人生は”凶”という日のつみかさね
・足は我が身
・春雨じゃ食べていこう
・女は多夫でなければ生きられない
・親一人小太り
・愛がなければ歳の差だけよ
・お父さんお母さんを大切に使用しよう
・銭湯をしらない子供達
・兄弟みな人類
・姉は天下の変わり者
@copyright HOKARA2008
増田町というと「時代から取り残された町」というイメージが自分のなかにはあって、それはこの町の昔からの風情だと思っていた。ひっそりと慎ましく存在する町だと。
今回「増田『蔵の日』」を見てそれがまちがいだとわかった。もともと豪農、豪商の町だったのだ。羽州街道と岩手県を結ぶ手倉街道と、宮城県に通じる小安街道の要として位置するこの町は、皆瀬川を利用する運送も行われ隆盛を誇った時代があった。大昔から日本海側と太平洋側を結ぶ重要な拠点であった。
文化的にも高いものがあったことが想像できる。
蔵を公開しているうちの1軒、佐藤又六家の9代目当主は、増田銀行(現北都銀行・前羽後銀行)の設立発起人である。つまり北都銀行の発祥の地はここ増田町。また10代目当主は東京専門学校(現早稲田大学)在学時代に大隈重信らと一緒に写った写真もある。
この町の衰退を招いたのは鉄道だったと思う。
当時閑散としていた「十五野」という地域に鉄道がひかれ、やがて十文字という町ができる。蛇足だが、それまで十五野は、キツネやタヌキが出てバカされた人が道に迷うような土地だった。酔っぱらいが道に迷ったというのが実態らしいが、そのために猩々(しょうじょう)の道案内が作られたとある(写真)。
鉄道が及ぼした影響については、六郷町のたどった道に似ている(そういえば六郷町と増田町はどこか雰囲気も似ている)。
また横道にそれるが、鉄道、つまり奥羽本線の計画が持ち上がったときに、駅をどこにするかの議論があった。角間川町と六郷町が候補にあがった。しかしながら両町は駅を設けることに反対だった。反対の理由として角間川は、雄物川を利用した船による運送事業への影響を懸念したといわれ、六郷町は、汽車の煙で町が火事になる恐れがあるとのことだったという(聞き覚え)。
結局、中間点をとった大曲に駅が設けられることになった。大曲は昔、麻の生い茂る原野のようなことろだったらしい。大曲の語源は「大麻刈」だったと駅の案内板にあったことを思い出した。
交通の便は町を大きく変えてしまう。
「どうでした」と聞いたら「完走しました」という。
秋田県の内陸を縦断するマラソン大会、『北緯40°秋田内陸リゾートカップ100キロチャレンジマラソン大会』に出場した方との会話。1ヶ月に2度ほど我が家にやってくる方で、見るからに実直そのもののアスリート。
角館を出発し、鷹巣まで秋田内陸縦貫鉄道に沿うように走るこのマラソンコースを走りきったという。しかも制限時間に2時間も余裕を持って。年齢は私よりも一つ上。
「走っている途中で気持ちが良くなるって聞いたことがありますけど」
「それはランナーズハイと言って、どこまでも走れるような気持ちになることなんです。昔はありましたが、今はそれはないです。ただ足が痛い。ずっとその連続です」。
☆
某所でそばを食べた。
地場で採れたそばで、それこそ「3たて」(挽きたて、打ちたて、茹でたて)、でかなりおいしかった。満足のままそば湯を、と思い、「そば湯ください」と頼んだ。お待ちください、とか、まだ若いですけど、という返事に慣れている耳には「そば湯はやってません」という言葉はジツに強烈だった。
そういえば別の店のメニューで、ざるそばのところに「そば湯つき」とわざわざ書いているのを見たことがある。
そばはそば湯があってこそ完結するのだ。そばは文化だ。岩手がなつかしくなった。
☆
二夜連続、テレビで錦織のテニスを見た。
ヒーローを欲しがる気持ちはわかるが、ちょっと無理ではないかと感じた。彼の真似をしてジャンピングショットやドロップショットが流行ったりすると、あまりいいことにはならない。あれは手首が人一倍強い彼ならではのテニス。妙にイライラするテニスだった。
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