栓パノの状態
栓パノの状態が安定してきた。今まで調弦を1音から半音下げていが、5弦=440でもあまりポコポコしなくなった。
お試し録音は、ネットで見つけた『BOURREE』。1600年代の曲らしい。初見で録音した。それがどうしたと言われても困るけど(←つまり言い訳(
))。
『キバナカタクリ』From【花畔・網】
栓パノの状態が安定してきた。今まで調弦を1音から半音下げていが、5弦=440でもあまりポコポコしなくなった。
お試し録音は、ネットで見つけた『BOURREE』。1600年代の曲らしい。初見で録音した。それがどうしたと言われても困るけど(←つまり言い訳(
))。
『キバナカタクリ』From【花畔・網】
従兄が異動になったとのことで挨拶に来た。子供の頃から優秀なヤツだったが、「オラもう勉強はヤンカ」と大学に行かないでしまった。グチを言ったことはないがそのことで苦労しているみたいだ。
暫定税率が廃止はガソリン税だけの問題だけではなくて、なんと全部で91項目にも及ぶ税制に影響するのだそうだ。どうしてこんな制度になっているのかというと、どうやら政治家が自分たちの権限を利用して資金集めをする仕組みとして機能するようになっていたらしい。「暫定だったけれども継続しようかなぁ~、やめようかなぁ~、どうしようかなぁ~」と関連する企業や団体に、さも自分が便宜をはかってやっているようにしていたんだと。あきれたね。「ガソリン値下げ」などと報道されているけど、値下げでもなんでもないと思うよ。もっと大きなツケが国民に回ってくるね。
開腹手術をしたら、剥離しているのは表面版の力木だった。大きく2ヶ所も離れている。接着剤を流し込むことができたので完全に剥がさずそのまま圧着。
ついでなので気になっているところを何ヶ所か変更修正した。
まず、無骨なネックの形を変更。あわせてヒールを小さくした。
さらに裏板の力木が2本だったものを3本に変更。貧弱だと音程がふらつくような気がするので、前のものよりも大きく頑丈にしてみた。写真にはないが表面版の力木は逆にかなり削った。
なんの芸もなかったローズ(もどき)に手を加えた。繊細でツルツルなものは作れないので逆の発想。ザラザラでデコボコの仕上げにした。遠目には雰囲気が出ているように見えるが、これって有りなのかな。
内部作業のしめくくりとして、代々我が家に伝わっている焼き印を押した。我が家は質屋ではなかったと思うがなぜか七の文字。たしか「キンシチ」と読んだかと思う。
現在工房の気温が9℃くらいしかないので、裏板の接着は見合わせている。接着時の状態が弦高にかなり影響すると思うので慎重にやらないと。
毒舌のキネヅカだけは健在で、それが原因で時々家族とも問題を起こすのだけれども、本質的にはドジだからこんなことになってしまう。
そろそろ完成という段になったときに、固定して作業をしたほうがいいと思うものがあり、ボディーにクランプを掛けてしまった。ポンッ!という見事な音とともに内部の力木が剥がれる音がした。反射的に「ワッ」と声が出た。夢中になるとこんなことをしてしまう。2005年にバロックタイプの楽器を作っていたときのことだ。
弦を張って音を確かめると琵琶のような音がする。明らかに剥離だ。
サウンドホールから手を入れて修復するわけにはいかない構造なので、予想される大がかりな修復は半ばあきらめていた。
前にも書いた水原洋さんの最期の演奏会が川村美術館で開かれたとき、演奏後の歓談時にそのことをちょっと話をしてみた。いくつかの修復方法のアドバイスをもらった。今となってみればこれが最後の彼からのアドバイスになった。実行しないままそれから2年以上経ってしまったのは、何か彼が私に残した大きな宿題のような気がしていたからだ。安直には応えられない思いがしていた。
意を決してというか(というよりも)「考えているうちに無為に時間はどんどん過ぎてしまう」と思ったので、実行することにした。楽器になれるかどうかは分からないがとにかくやってみないことには。
失敗しても何かを得るような気がしている。
先日、毎年楽しみにしているダジャレを得意とするクラシックギターデュオを聞きに行ったときのこと、ワタシの周りに3人のお嬢さんたちがいた。一緒にそのデュオのダジャレ、いや演奏を楽しんでいた。やがて次の演奏者になったときに出て来たのはその3人のお嬢さんだった。1台のマリンバを二人で使用し、もう一人はパーカッション。「さすが美人の宝庫、角館だな」とビジュアル的にしか見ていなかった。ところが、演奏を始めたら「角館にもこんないい音楽をする人たちがいるのか」と感心する内容。隣の中仙町発祥の「どんぱん節」を、彼女ら自らの編曲した演奏を聞いたときには、「を!これはただのギャルではないわい」と腕組みをするオヤジ(ワタシ)であった。
バンド名は「オムトン」。東京を本拠地にするバンドだった。パーカッションのお嬢さんが角館の出身。マリンバの一人が盛岡。
学卒の音楽はともすれば面白みに欠けることもあるが、反面安心して聞けると思っている。今回は安心どころかとても楽しい演奏を聞かせてもらった。新鮮な方向性も予感させた。
ところでこの「どんぱん節」。「竹田の子守歌」とそっくりなことに気がついた。関連性が気になってWikiで調べてみた。そしたら、関連性よりも結構興味深いことがいろいろと分かってきた。ヤジウマ的な興味ではあるが。
ホントは甲州べえも好きで悪役をやっているわけではないことはコチラも承知の上。よく見ると笑顔はかわいい。
カルテはドイツ語というイメージがあったが、今日カルテに書いた文字は「Good Condition」。欲しくても、とうとう買えなかったモンブランのマイスターシュテュック149で書いた。みかさんのクシャクシャの笑顔はやっぱりいいな。
帰りに鶯宿温泉の南部富士見ハイツの風呂に入った。
露天風呂からはすっかり雪の消えたなだらかな丘陵が見えた。春雨が降っていた。
世の中との関係が益々薄くなったな思っているときに、思いがけなく昔のキネヅカが顔を出してきたりするもんだなと自分でも可笑しくなる。
スーパーで、レジの前の客が以前勤め人だったときの後輩だった。彼ももう退職して数年経っている。
私に気づいた彼は「わっ!」と言ってから、唐突に「温泉に行きませんか」などという。さすがに私の後輩だと感心する。なんだかいろんなことを言いそうだった。少し詰まった後、「会いたいと思ってました」などと言いやがる。それに対して「会いたくもありませんでした」と返答する。昔のキネヅカが勝手に顔を出てきたようだ。
「お子さん達は?」と彼は聞く。それなりの返事をする。お嬢さんが生まれたのはたしか送別会のときでしたよね」とワタシも忘れていたことを言い出す。さらに「なんだか仙人みたいですね」と彼は言う。私の風貌はそんなふうになっているようだ。まんざら悪い気はしない。
温泉行きの約束をして分かれた。いくら憎まれ口を言っても、もう性格を知り尽くされているから、何をいっても無駄だ。観念することにする。
天気快晴。スタッドレスから夏タイヤに交換した。というといかにも自分がやったように聞こえるが、1本交換したところで体力の限界を感じて長男にSOS。情けない。脱いだタイヤをシコシコ洗いながらゼイゼイ。シコを踏む姿勢がきつい。
そんなとき、近くで「ギャ」という声がする。見たら、我が家の周辺をテリトリーとするカラスが、若いメスガラスを力ずくでナンパしている。このカラスがただ者ではない。
彼岸になるとここいらへんでは、墓に「だんすこ」(団子のこと)を上げる。このときカラスたちは「オラダジのいちばん楽しい季節だなや」と大喜び。さて件のカラス。一度に食べきれないことを知っているので、せっせと保存作業をする。周りを見回して誰も見ていないことを確認してから(ジツはオイラがしっかり見ている)垣根の下や物陰にだんすこを隠すのである。驚いたのは、だんすこを水たまりに持って行き丹念に洗うようなしぐさを見たとき。洗っているのか嫌いな添加物を落としているのか、それとも柔らかくしようとしているのかはわからないが、くちばしにだんすこを挟んだまま、水の中でジャブジャブやる。そればかりではない、穴に隠した後、木の葉のようなものを被せた。恐るべきカラス。地球上に最後まで生き残るのは彼らかもしれない。
そんなカラスは息の上がったオヤジを尻目に、青空の下、悠々と飛んでいった。
横裏が栓なので、とりあえず「栓パノ」と呼ぶことにする。朝一、指慣らしもしないで一発録り。ヘタに練習してからの録音は悔しさだけが残るから(
)。
前回に引き続いて、John Anton LOGY(1650-1721)の曲。『ARIA』と『CAPRICCIO』。
「オオバナエンレイソウ」From【花畔・網】
記念写真を一枚。いつのまにか指板が黒くなっている(笑)。
オーガスティンの赤があったので張ってみた。普段モダンしか弾かない人でもあまり大きな違和感はないかもしれないが、自分としてはあまり面白くない。曲は、John Anton LOGY(1650-1721)の『GIGUE』。
そろそろ雑木ではなくちゃんとした楽器用材で作りたいと思ってきたが、雑木楽器もこれはこれで結構楽しい。構造と材料の質がどんなふうに音に影響するかを知ることができるし、木というものがどういうものかということを気軽に経験できる(失敗してもダメージが少ない)。今回もいくつかの仮説をたてて作った。予想通りだったのが3ヶ所。想定外が2ヶ所。新発見が1ヶ所。
お隣のおじいさんが快方ににむかって村の人たちは一安心。
近所に住んでいた叔父は評判の指物師だった。もう亡くなってから20年近くにもなるだろう。今は長男(つまり私の従兄)が跡を継いでいる。この従兄から「もう自分も歳なので工場を使わないか」と前々から言われていた。
今日、「工場を見に来ないか」と誘いをうけて行ってきた。さすがプロの工場。大型工作機械などの設備が整っている。3ミリ厚ほどの板を仕上げ用の自動カンナにかけて見せてくれたが、ヒュンと出てきた1枚のカンナ屑が、床に落ちるまでユラユラと空中に漂っていたのには驚いた。
2階にストックしてある大量の材料も見せてもらった。「時代の流れでこんなものも使うようになった」と見せてくれたスプルースと米杉の柾がこれがまたすばらしい。20年ほど前からあるとのこと。建具や家具を作るには油分が抜け過ぎているというようなことを言っていたが、タッピングしてみるとこれまたすばらしい音がする。いい楽器が作れるかもしれない。
そして叔父が残した手道具の数々。
従兄は、いまだに父親の道具には畏怖のようなものを感じていると私は感じてきた。生前使っていた場所にそのままの形で置かれている。もちろん使われていない。箱にゴミがかかったままの手道具を見つけた。だめもとで「使わせてくれないか」と言ってみた。
あっさりと「いいよ」という。舞い上がる気持ちを抑えて平静を装うのは大変だった。写真がその道具。すくいが2本、丸刀3本、平1本、印刀2本、三角刀1本。20年近くまったく手入れをしていないというのが信じられないほどの状態がいい。サビもほとんどない。本物の職人道具として風格がある。
すくいの研ぎ方を教えてもらい、砥石までもらって帰ってきた。
完成後、弦を張ってから1週間は、それこそ新生児のように音の表情が激変する。これがなかなか面白い。今朝早起きして音を確認したら、なんとなく自分が楽器だということを自覚し始めている様子。将来性に期待するオイラは、さっそく手抜きしていた部分を修正した。その部分は指板。安全第一でいくらか「順反り」にしておいた。使えそうだと分かったので欲が出てきた。「自分にやさしい楽器」を目指すオイラとしては、より弾きやすいものにしたいと思うのは当然の行為。腸と肺を手術した体にはパノルモサイズが負担が少ない。弦長も625ミリにしたので左手にもやさしいはず……、だったが、わずかな順反りはその期待に応えていない。ということで、迷わずに10フレットまで引き抜いて修正作業を実施。
フレットを打ち終えたちょうどそのときだった。お隣に救急車が来た。お昼過ぎて間もない時刻だった。エプロンのまま飛び出した。99歳になるおじいさんの様態が急変したらしい。子供の頃オイラを「坊(ぼ)、坊」と呼んでくれた人だ。救急車が出発して、我が家のジッチャンや近所の方々が救急車が向かった病院に走った。
オイラは工房に戻った。何一つ物音のしない中で、目の前の作りかけの楽器を見ているのだった。
昨年は同じ3月にお隣の太田町で開催された「LUCES(ルーセス)」のコンサート。
今年は仙北町の「仙北ふれあい文化センター」で開かれた。クルマで10分たらずの場所。整理券もなしに入れてもらった。
「ルーセス」は仙台フィルのメンバーを中心とした楽団。私のような者にも、とても分かりやすい演奏をしてくれるので嬉しい。オーボエの鈴木繁は角館・西長野の出身。演奏する曲の歌詞を秋田弁に翻訳する名トランスレーターでもあるが、コンサート会場を感動のうちに終わらせる手腕はただのオヤジ(親しみを込めて)ではない。ただ話が長い(笑)。「前回の太田のコンサートは今日のための練習だった」などと言って会場を沸かせる。
今回は本業のオーボエのほかにギターも披露した。ヘタなのだがそこは音楽家。ちゃんと音楽にしてしまう。ほかにコカリナ、ピアニカなどを弾いてステージを多彩なものにしてくれた。
もう常任といってもいいほどのゲストギタープレーヤーは佐藤正隆。この楽団のサウンドにはなくてはならない存在になっていると感じた。アンサンブルの中でのギターの役割を心得ていて、そしてその魅力を存分に発揮していた。「禁じられた遊び」、「ムーンタン」、「サンバースト」、「千の風になって」、「ジョンゴ」などのソロ演奏も披露し、大きな拍手をもらっていた。
ピアノの松原美智子さんの演奏は前から好きだった。シルエットも美しい。が、鈴木のオヤジの奥さんと知って。ガクゼンとした(笑)。
冗談はともかく、肩の凝らない楽しいコンサートだった。2時間半があっという間に過ぎた。
明日は今年廃校になる鈴木のオヤジ(まだ言ってる)の母校、西長野小学校での演奏会だそうだ。
ご存じ『IMAGINE』。(どこからかクレームが出たら削除予定)
元の楽譜2カ所を変更して弾いた。録音を聞いてみたらどっちでもいいような(笑)。このような曲はやはりタカミネがいいような気がする。mp3にすると音がチリメンになってしまって残念。(というほどのモノでもないが)
「エゾムラサキツツジ」from【花畔・網】
今日の朝練録音メモは、若くして亡くなった芳志戸幹雄がNHKの番組のギター講師をしていたときのエンディングテーマ曲。13世紀頃の舞曲とされている『La Quarte Estampie Reale』(第4の王のエスタンピ)という曲。
5弦をGに調弦するので、譜面を見ながらの演奏だとつい6弦を弾いてしまうところがある。
「エゾムラサキツツジ」from【花畔・網】
『Valse Venezuelienne』というベネズエラ(たぶん)のトラディショナル。南米の人たちのように元気で明るい演奏を目指したが、無理だとわかって方向転換、結局屈託だらけの結果になった。それにしても、何を弾いても「五木の子守歌」みたいになってしまう。
ちょっと関わったばかりに耳から離れなくなる曲というのがあって、それがこれ。V.Galileoの『Canzone y Saltarello』という曲。『歌謡とサルタレーリオ』と訳されている。この曲はこれで弾き納めにしようと思う。
一昨日から延べ10人の来客があって、内3人はお泊まり。
みんな帰ってしまった今、妙に静か。
塗装を開始。
あちこちにスキマがあるし打痕もある。言い方を変えると「手作りならでは」の雰囲気いっぱい(
)。
風邪がなかなか治らない。花粉かもしれない。
パノルモのオリジナルタイプの駒は強度に不安があるので、独自のものを考えてみた。これがなかなか決まらない。まず古楽器風でないといけない、凝りすぎない、かといってシンプル過ぎるのも面白みに欠ける、あまり大きくしたくない等々、ノーガキはいつものとおりなのだが、具体的なカタチを作るとなるとなかなか大変。結局は作りながらの妥協の産物ということに今回もなった。とは言いながらワリと気に入っている(写真は後日掲載予定)。今日は気温が上がったので一気にのり付けしてしまった。勢いにまかせて明日は細かいところに手を入れてから塗りに入ってしまおう。手順を考えながら布団の中で明日を待つのは楽しい。
「ギターはメソッドじゃないんだぜベイビー」とAndy Mckee。 http://jp.youtube.com/watch?v=Ddn4MGaS3N4
「ギターはねえ、センスなんだよ」とSteven King 。 http://jp.youtube.com/watch?v=_cpq2nkR_bk
なんかこんなことを言っていそうな気がする。とにかく驚いた。
ブリッジを作っているときに黒檀の粉が目に入った。かなり強い刺激があって涙ボロボロ。すぐにアイボンで洗って、どうにか治まった。
ただのゴミが入っただけの痛みではないので、「もしかして」と思ったのは、「輸入木材の薬品処理」。防腐、防かび、防虫、これらの薬品処理をしていても何の不思議もない。後でゆっくり調べてみようかと思っている。
作業時にはやはりゴーグル、マスクなどはすべきだ。換気・集塵など作業環境も大切だ。
大工道具を扱っている古物屋で、三分のノミと台直しカンナを仕入れてきた。どちらも錆びついていて刃も欠けている。おまけに丸刃。使っていた人の変な研ぎグセのようなものもついている。かなり古い物のようだ。
鼻と咽はまだグズグズしているが、水に手を入れてもゾクッとしなくなったので、気合いを入れて仕立て直した。
両方とも素性のいい道具らしく、しっかりした刃が出てきた。今作っている楽器に使ってみた。ホームセンターなどで売られているものよりも、よく切れるようだ。よくわからないが切れ味に粘りがあるような気がする。
カンナの方は、台直しカンナなのに自らの台そのものが狂っていた。スクレーパーで地道に調整してどうにか使えるようになった。
意気込んで弾き始めた今朝の『KAKESU』だったが、イントロの後は徐々に元気がなくなって、いつもの自分になってしまった(笑)。メロディーに引きずり込まれてしまったこともあるが、どうやら風邪らしい。ふらつきもあったので午後になってベッドに入って寝ることにした。
寂しいのでテレビをつけたらNHKで「おーい、ニッポンスペシャル 輝け!ふるさとラプソディー」というのを放送していた。
「おーい、ニッポン」は各県に特化してジックリその魅力を伝える番組なので前々から好きだ。今日のスペシャルは「ふるさとラプソディー」の再放送だったが、とても楽しくて、しっかり全部見てしまった。音楽を演奏する楽しさが理屈なしに伝わってきた。元気をもらったので、こうしてキーボードをたたいている。
音楽は楽しむものだとあたりまえのことを思った。目的を見失った義務感がどこかにあったりすると音楽は楽しくない。
楽譜を整理していたら弾いたことのある曲が出てきた。
Oleg Kiselev (1964) の『Birthday without Visitors』という寂しいタイトルの曲が本日の朝録。揺らさないとおかしいので少し大げさに。
「エゾエンゴサク」from【花畔・
Recent Comments